臨床看護研究の進め方:なぜ研究をするのか?
この記事は、看護学研修者である管理人が、臨床での看護研究に関する研修や指導、相談での経験を踏まえ、「看護研究の進め方がわからない」「看護研究を教えてくれる人が周りにいない」「看護研究のサポートの仕方がわからない」という困りごとを少しでも解決できるように、看護研究の進め方について解説しているものです。参考書や専門書の補足として参照ください。
そもそも「研究」とは?
看護学研究以外の学術研究を網羅した幅広い「研究」について解説したり定義づけたりするのは退屈ですし、あまり意味がない(研究者を目指す大学院生は除く)ので、ここでは「看護学研究とは」というところに着目してみていきましょう。
看護学研究とは、「看護実践、看護教育、看護管理、看護情報を含む、看護の専門性にとって重要な課題について、信頼できるエビデンスを生み出すためにデザインされた体系的な活動」と教科書的には定義されています(Polit & Beck, 2017)。わかるようでわからない定義だと思いますので、私の解釈も含めてもう少しかみ砕いてみます。堅苦しい説明は置いておいて、看護学研究とは、
- 日々の実践の中で生じた疑問に対し、みんながある程度納得するかたちで明らかにする過程【記述】
- 将来の実践を豊かにする知識をつくる過程【予測】
- 私たちの実践がどのような効果をもたらしたのか証明する過程【介入・変革】
の3つです。よくある勘違いとして、
- 複雑な統計解析や高度な質的分析をしている
- 自分たちの実践過程を「研究」っぽくまとめる
- 計画を立てて倫理審査を受けて実施する
これらだけでは「研究」とは呼べません。たしかに研究をする過程において、複雑な統計解析や高度な質的分析、倫理審査の申請が必要になる場合もありますし、最終的には学術研究で定められたフォーマットに従って結果をまとめる必要があります。つまり、これら3つは研究の十分条件ですが、必要条件ではありません(研究にはこの3つの要素が必要だが、3つの要素があるからといって研究というわけではない)。
では、研究が目指すこと・研究に必要な要素(視点)は何でしょうか?研究には、以下の3つが必要です。
- 目の前にある現象を科学的に理解する:科学性・客観性
- 将来の看護、自分たちの実践のヒントとなる知見を生み出す:再現性
- 他の現象や状況でも活用可能な知見を生み出す:転用可能性・一般化可能性
この3つは、研究計画・研究実施・研究報告(論文執筆)のすべてのプロセスで重要になる視点です。少し長くなりますが、例を交えて詳しく見ていきましょう。なお、より理解しやすいように、反例を強調しながら解説します。
例えば、友達からダイエットに効果があるサプリメントを紹介されたとします。「私が飲んだ痩せたから絶対効果があるはず!」と勧められただけでは、にわかに信じ難いのではないでしょうか。友達の主観的な意見であり、客観性がありません。「私と私の友達が飲んだから効果がある」と言われても、完全には信じられません。なぜなら、まだ主観的な意見であるという域を出ないためです。ですが、「100人が飲んだら95人に効果があった」と勧められたらどうでしょう?その100人がどのような人たちであったかという細かい話は置いておいて、客観的なデータを提示されたことで、かなり信ぴょう性が上がったのではないでしょうか。
このエピソードには、再現性の理解のためのヒントも含まれています。サプリメントを飲むことがダイエットにつながるという関連性は、「サプリメントを飲んだらダイエットに成功した」という現象が何度も観察される、つまり再現されていなければ、本当に関連性があるかどうかは判断できません。「100人サプリメントを飲んだら95人に効果があった」ということは、ある程度その関連性が再現されているという根拠を強めます。
転用可能性・一般化可能性についても同様です。100人の被験者が全員20代女性であった場合と、年齢層や性別もバラバラであった場合とでは、「100人がサプリメントを飲んだら95人に効果があった」という結果の信頼性が変わってきます。もし前者の場合、私は30代男性ですので、「私のような年齢も性別も違う人とっても効果的かどうかは疑わしい」と思いますが、後者の場合は「効果がありそう」すなわち私と同じような背景をもつ人にも転用できるかもしれない、と感じるでしょう。
研究は、日々の実践で培われている”知恵”を、多くの人たちが参考して意思決定にできる”知識”に変換するプロセスであるともいえます。
なぜ研究をするのか?
これまでの経験上、「ラダーに組み込まれているから」「上長に看護研究の担当を命じられたから」という理由が多く、概ね積極的ではない理由が多いように感じます。もしかしたら、ここに訪れている人の中にもそんな人がいるかもしれません。初めのきっかけはどうであれ、時間と労力を費やすのであれば、ぜひ意味のある研究をしていただきたいと思います。
さて、本題に入ります。看護学研究において研究をする意味・理由は、大きく2つあります。
- 現象を記述するため
- 現象を(より良い状態に)変化させるため
わかりやすいように2つめ「現象を(より良い状態に)変化させるため」から説明します。看護学研究に関わらず、目にする研究の多くは、社会や生活をより豊かに変えるためのカギを探しています。iPS細胞の発見や新しいデバイスの開発、遺伝子検査の方法など、研究によって私たちの生活が豊かになっています。看護学研究でも同じで、例えば褥瘡予防のための体圧測定器具や体圧分散寝具の開発、特定の看護ケア行為が患者に与える影響などさまざまです。
こうしたいわゆる「ザ・研究」のような研究のためにとても重要なものが、1つめの「現象を記述する」という研究です。看護でいえば、ある特定の状況下での看護の実態はどうなっているのか、何が課題なのかといった現状把握、すなわち現象を記述するという基礎的な研究からすべての研究が始まります。”看護の実態はどうなっているのか”という概念には、看護ケアの実際や患者の反応なども含まれます。
このような看護の実態を、客観的に、科学的に丁寧に記述して公表することが、臨床看護研究の第一歩です。私たち研究者も、もちろん現象を記述する研究(研究用語では記述研究と呼ばれます)を行いますが、臨床家の方々が日々目にしていること、経験には敵いません。そしてそれは、単なる実践報告ではなく、客観的かつ科学的に記述された「研究」というフォーマットだからこそ、説得力と影響力を持って、次の研究や実践に活かされます。これこそが、臨床家が臨床で研究することの意義なのです。
さらに、昨今の医療現場においては、Evidence-based practice(EBP)が求められ、多くの職種がエビデンスベースドに日々の実践を行っています。EBPのためには、新しいエビデンスを創り出す研究アプローチも必要ですが、それ以上に臨床家に求められていることは、エビデンスを知り活用する研究的思考能力です。データ(量的データ・質的データ含む)から何かを見出したり、研究成果を解釈して自分たちの実践に落とし込むような能力です。こうした能力開発のためにも、臨床看護研究を行う必要性が求められています。
なぜ研究を行ういくつかの理由
- 目の前にある「なぜ?」を科学的・客観的に理解するため(のトレーニング)
- 個人の認識や価値観をなるべく除外した形で目の前の現象を理解する
- 自分たちの実践を科学的・客観的な形で可視化(言語化)するため
- 経験の伝承はいずれ消えてしまう。文脈・文化の異なる相手には理解してもらえないし、活用できない
- 自分たちの実践を科学的・客観的に評価するため
- 本当に適切だったのかどうかは、個人の認識や価値観から切り離して考えるべき
- 個別の実践から他の対象にも適用できる/できない知識を得るため
- ”知恵”ではなく”知識”を得る過程
研究成果の活用方法:アサーティブなコミュニケーションのために
研究を始める前の段階で研究成果の活用方法について説明されると少し戸惑うかもしれませんが、「やらされ感」でやるよりも、研究をすることで得られることを前もって知っておくと、少しは気持ちが軽くなるのではないでしょうか。
研究テーマの種を見つける
研究のテーマ設定に困っている方に、「困っていることはない?それがまさに研究テーマになるんだよ」と指導しているのをよく見かけます。これは半分当たっていて、半分は少し誤りです。困っていることは研究テーマになり得ますが、それだけにこだわる必要もありません。そう、いちばんの目的は「自分たちの実践(=現象)を記述すること」なのですから。
つまり、日々の実践の中で、自分たちが得意な看護や職場で頻繁に対応する患者像をテーマにしても良いのです。「困っていること」「課題に感じていること」という狭い視点ではなく、日々の実践の中から得られることよりもちょっとだけ深く理解してみたい・知りたい、そんな内容でも良いのです。
例)
- せん妄リスクが高い入院患者の対応で、○○さんや○○さんが対応している患者はせん妄をあまり起こしていない気がする。○○さんたちは何に気を付けて対応しているんだろう?
- 同じ疾患、同じような年齢の方でも、退院までの調整がスムーズな方とそうでない方がいる。何が違うんだろう?
- 以前入院していたAさんの看護は大変だったけど、今まで以上にチームで関わり、Aさんも満足して退院したと感じる。うまくいったのはなぜなんだろう?
- B疾患を抱える方は、他の疾患にはない特異的なニーズがあるように感じる。B疾患の方々の健康上のニーズが知りたい。
研究テーマの設定・研究計画書を作る前に意識すべきこと
何度かお伝えしているように、研究の目的は「現象を記述すること」です。この”記述する”とは、もちろん文字であらわすということです。言い換えると、研究の目的は「現象(=自分たちの看護や対象者の思いなど)を言語化する」ということです。自分たちの頭の中や経験の中にある看護や対象者とのやり取りを、誰もが同じことを想像できるくらい具体的に表現するということを意識する必要があります。
「高齢の方で~…」→高齢って具体的に何歳くらい?”方”って男性、女性?…
「患者の家族への指導で~…」→”家族”は同居のみ?同居以外?…
このように、日々の業務ではなんとなくで伝わる表現も、あなたの病棟や診療科などの特徴を詳しく知らない人からするといろいろな想像ができてしまいます。テーマ設定や研究計画書作成にあたっては、可能な限り具体的な用語で表現する癖をつけておきましょう。
同じように、多用されているものの曖昧な表現はたくさんあります。例えば、「認識」という言葉です。「看護師の認識」「患者の認識」という表現は、看護研究でかなり頻繁に出てきますが、使用する際は注意が必要です。内容に対する理解のことなのか、感情的なことも含むのか、など捉えようとしていることが幅広すぎる言葉です。他にも「看護師」と表現されているものの中には准看護師や助産師などを含むのかどうかなど、気を付けて使う必要があります(看護師、看護職、看護要員はそれぞれ別の概念です)。
そして、テーマ設定や研究計画書作成前に具体的に考えなくても良いのですが、研究の初期段階であるこの時点から「研究を通して何を目指すのか」を意識しておくと良いでしょう。例えば、以下のようなことです。
- 〜を明らかにして、〇〇疾患に対するより良い看護につなげたい。
- 〜を明らかにして、患者・家族の退院支援をより効果的に行うための示唆を得たい。
これらは最終的に「研究の意義」に位置付けられますが、計画前の今の段階では、自分が明らかにしよう・したいことは、何に、あるいはどのようなことにつながるのかをぼんやりと考えておきましょう。「自分が知りたいから」というだけの動機だけで進めないよう注意しましょう。