blog: 移住後約2ヶ月、東京を離れて

3月末、今の職場に異動するため石川県に移住し、早2ヶ月が経過した。たまには仕事にあまり関係のない記録も残しておこうと思う。

※ほんとうに関係ない私的な、記録のための記事なので、興味のない方はブラウザバックを推奨する。

そもそも、異動・移住を考え出したのは1年くらい前からだったように記憶している。昨年度末の時点で前職の東大には約5年間在籍しており、新しい挑戦をする時期かも、と思い始めていた頃だった。仕事的に新しい環境を求めていたのが大きかったが、それと同じくらい考えていたこととして、私自身が今の東京に合わなくなっていると感じていたことも、異動・移住を真剣に考えるきっかけであった。

私は2007年、大学入学を期に上京した。当時の東京は、まだスカイツリーも無く、副都心線も開通しておらず、SuicaやPASMOは出来たばかりで相互利用できない、そんな時代だった。

看護師になるために大学に通うという、それなりに明確な目標はあったものの、綺麗でお洒落な街並みも、雑多で混沌とした区画も混在し、多くの人が各々の目標や夢を見ながら、各々の水準の生活を各々生きていたような、可能性や選択肢に溢れた街だったように思う。

スカイツリー建設中の押上付近。今よりも建物全体が低く、街が開発途上であることが伺える。

思い出ばかり語ると、それこそ老害っぽくなってしまうが、少なくとも私自身、最近の東京という街に住みづらさを感じていたのは事実だ。良くも悪くも、私から見る東京という街は少しづづ変わっていったように感じていた。

東京というよりは、社会全体が変わっているのだろうと思うが、SNSやスマホの普及、価値観の変化(これは私自身の価値観の変化も多分に含まれているだろうが)によって、「住みにくいなあ」と感じることが、日々の生活の中で徐々に増えていった。

多分、この感覚自体も、未来永劫続くものではないし、記憶の上書きによって変わっていくだろうが、今現時点での自分の考えはそのような感覚だし、変わるかもしれないからこそこうして今の感情・考えをテキストとしてまとめている。

さて、仕事(研究)の話も少しだけ触れておこうと思う。移住を本格的に考えたもう一つの背景は、今の医療制度や看護提供の枠組みが、都市部中心の理屈で動いているような感覚を強く持つようになり、地方の医療・看護も体験してみたいと思うようになったことも、大きな要因の一つだ。

前提として、現在の医療・看護提供のシステム自体に強い拒否感があるわけではないし、国が進めたい方向性については、否定する気は毛頭ない。ただ、国の中枢はもちろん東京にあるし、看護システムにおいて大きな役割を果たしている職能団体の本部も東京にある。政策に直接関わるような調査研究の委託先も、やはり都市部の研究機関に集中している(厚労科研の委託先のほとんどは東京をはじめとする首都圏の大学が受託している)。無論、委託先が都心部の大学だからといって、その調査報告自体が都心部の理屈に偏っているわけではないが、私自身前職(東大)にいて感じたことは、地方、特に過疎地域の医療・看護の実態を知ることなくその議論に参加していることに対する、私自身の違和感があった。

石川県にきてその違和感を検証することが可能なのかどうかは、今のところ不明だが、少なくとも東京での課題とは違った課題があり、違う解決策を必要としていることも多分にあるのだということを、肌感覚として感じている(具体的に「何が」ということを論じられるほど地方をまだ知ってはいないし、本稿の趣旨とは逸れるので、今回それらについて述べるのは控えさせていただく)。

研究者でありながら抽象的で感覚的な話ばかりになってしまったが、私自身の中で感じていることをダラダラ述べているだけなので、その辺はご容赦願いたい。

大学近くの高松海岸。自宅からも近く、東京ではあまり味わうことができなかった、海岸線に沈む夕日を見ることができる。絶好の散歩コースだ。

そんな内容のない話を書き連ねてきたが、言いたいことは、石川県に来て、現職に就き、2ヶ月生活しているが、私のQOLは(今のところ)東京にいた直近の頃に比べてかなり向上しているということと、単に自分の記録として、今の自分の考えを残しておきたかったということだ。

ともかく、石川県は食べ物も美味く、人混みもあまりなく、とても良いところだ。まさか自分が西日本、それも北陸に来て生活するなんて、それこそ上京した頃には思いもしなかったことだ。人生本当に何があるかわからないし、だから楽しいんだとつくづく思う。

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